発表日:2018-03-19
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歩く、考える、書く
野嶋剛さん流・
台北の味わい方
文 _ 江欣盈 写真 _ 施純泰、野嶋剛
台北は小さく、一日でいろんなことができます。
冬の朝、事務所から潮州街の豆乳店「新鮮豆漿店」まで歩いて行くと、店頭には熱気が立ち込めています。アツアツの焼餅(中華風焼きパン)をお供に温かい豆乳をゴクリ。やさしく、しかし身心がシャキッとします。それから調べ物をしに中山南路の国家図書館へ。古亭から中正記念堂まではバス、MRT(都市交通システム)、タクシーのいずれを使っても20分も掛かりません。お昼は西門町。慣れ親しんだ街並みとお気に入りのブランドが楽しい買い物の必須条件です。ランチは排骨飯(パイコー飯)の「金満園排骨」と決めています。ちょっとした食事も旅の思い出のひとつ。午後、冬の台北で貴重な晴れ間を逃さず、YouBike(公共自転車シェアリング)に乗って臨沂街の映画をテーマにしたカフェへ。その後どうするかをゆっくり考えます。こんな風に過ぎていく野嶋さんの休日、実は台北っ子の休日そのものです。
「今日はいいお天気ですね!」ジャーナリストの野嶋さんがYouBikeに乗って現れ、気楽な雰囲気で天気について話し始めます。こういう出だしも十二分に台北らしいものです。野嶋さんと台北の関わりは1990年から数えてもう28年目になりました。新聞学科の大学生だったころ交換留学生として台湾にやって来て、昼は国立台湾師範大学で中国語を学び、夜は企業で日本語を教えました。見知らぬ言葉、新しい友達、広がり続ける台北の街。短い留学生活でしたが、一日の終わりの塩酥鶏(台湾風唐揚げ)と台湾ビール、そして十色の球が置かれたビリヤード台、これが大のお気に入りになりました。
台北に向き合い、
台北を味わう
大学を卒業した野嶋さんは朝日新聞に入社、2016年まで25年近く勤めました。戦場の前線では記者として、アフガニスタンやイラクについてペンとカメラで記録。特派員としてシンガポールと台北にも駐在し、複雑に入り組んでいるように見える中華圏の政治文化を得意分野としています。現地からの報道は機動性と文章力のどちらも必要とされる仕事です。日本のやや保守的な報道業界のあり方に比べ、台湾のオープンでフレンドリーな取材環境は、広く深い視野から切り込むことのできる、報道の自由をより多く与えてくれました。つまり、野嶋さんの台湾に対する独自の見解は、国際政治や歴史を理解しているだけでなく、台湾という現場での社会観察によるものなのです。
「台北は台湾をのぞき見るための窓です。台北の姿は海外からの渡航者にとって台湾の第一印象をほぼ決めるでしょう」。しかし野嶋さんは、台北101ビルや大稲埕、艋舺といった代表的な観光地より、華山1914文化創意産業園区と松山文創園区のほうが好きだと言います。台北オリジナル文化発信の基地として、台湾の若者のイノベーションや野心を感じられるだけでなく、多元的なものを許容しエスニシティが混ざり合う台湾の核となる価値観を体感できるからです。
食についてはいたずらっぽく「台湾は安いものほどおいしい」と語ります。野嶋さんは、台湾では庶民の食べ物こそ最も海外の観光客を引き付けるもので、お馴染みの牛肉麺、ショウロンポウ、夜市(屋台)料理のあれこれに加え、客家料理もとても台湾らしい味わいだと考えています。米の香り広がる粄條(米粉で練った麺)や定番の客家小炒(客家の炒め物)などいずれもビールにぴったり、甘辛く香り高い料理は日本人の口にも合うし、台北、苗栗、新竹、高雄のどこでも地元ならではの味わいが楽しめます。あるいは台湾の美食探検の第一歩として、西部の海岸沿いの台湾料理や、東部の山あいの先住民の料理を試してみるのもいいでしょう。
銀輪と大地、考えることとものを書くこと
いまやらないと、一生できないことがある
――台湾映画『練習曲』より
この映画に影響を受け、野嶋さんは2017年10月に人生初の自転車による台湾一周を成し遂げました。同行者20数人とともに台中からスタート、8泊9日で交通部が整備した自転車専用国道「環島1号線」を逆時計回りに走りました。屏東の南廻公路や台東の長浜区間は絶景です。そして車城郷から寿峠までの20キロメートル区間は海抜460メートルまでを駆け上がる道のりで、海からの強い横風を受けるため自転車にとっては極めて苦しいデスロードですが、「行く価値はあります。行くと誰もがまた来たくなるところです」と野嶋さん。台湾一周の手段として自転車に乗るのは奥深く大きな意義があると言います。自転車の手軽さと速さは一歩踏み込んで探索するのに向いているし、一周することでそれぞれの地が持つ姿をすべて視野に収めて異なる風土や人情を感じられるため、台湾観光の新たな目玉にできると考えています。
野嶋さんは執筆のために思索するとき、いつも日常の観察から始めます。台湾映画は自分にとってある視野の焦点であり、1本の映画にはその世代の共通の思い出が流れ、画面の隅々に社会問題が隠されていると言います。野嶋さんの文章は、歴史、政治、文化、芸術、暮らしの枠組みを越えてその時代の人と物を仔細に分析し、精確で鋭い洞察をみせながら、落ち着きがあり抑制のきいた筆致で綴られます。「ものを書くというのは自分をさらけ出すようなもので、大勢の前で踊るのにも似ています。書くということは社会との対話を求めるものだから、個人的な感情を出すのは控え、抑えることではじめて美しい文章が生まれます」。
朝日新聞を離れ、フリーとして書籍やコラムを執筆したり、講演をしたり、これまでより多くの時間を日本や台湾であちこちの街角を歩くのに費やしています。「物書きに専念すると決めたのは正しかったと思います」という野嶋さんの書くものに、台北の1 ページは欠かせなくなっています。旅するのであれ書くのであれ、街と向き合うのは同じ、旅人が一瞬の風景をシャッターで切り取るのならば、もの書きは文字で自分の座標を定める――野嶋さんはペンで原点を描き、都市の周辺を測り出すのです。
新鮮豆漿店
60年以上の歴史を持つ豆漿(豆乳)店。豆乳のほか、焼餅、マントウ、蛋餅(中華風卵クレープ)、大根もちなど定番の中華風朝ごはんが食べられる。質素だが忘れ難い味わいで、地元の人だけでなく海外からの旅行者にも人気。
大安区潮州街35号(MRT古亭駅6番出口)
05:30~12:30
金満園排骨
西門町に店を構えて45年、看板メニューの排骨飯(パイコー飯)には、付け合わせのおかず3品に加え、スープ、揚げたパイコー(骨付きバラ肉)とキュウリの漬物。ほどよく揚がった肉はジューシーでうまみたっぷり、黒コショウの香りが味を引き立て、シンプルな組み合わせながら印象深い味わい。
万華区武昌街2段82巷3弄1号(MRT西門駅6番出口)
11:00~21:00(水曜定休)
野嶋剛
作家/ジャーナリスト
朝日新聞で東京本社政治部などに勤務。2016年からフリーに。著書に『謎の名画・清明上河図 北京故宮の至宝、その真実』、『銀輪の巨人』、『台湾とは何か』(以上、繁体字中国語版あり)、『日本人黙黙在想的事:野島剛由小見真的文化観察』(台湾で出版、繁体字中国語版のみ)など多数。台湾と日本のさまざまなメディアでコラムなどを担当している。
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