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針と糸で美を描く玉鳳旗袍の二代目─ 陳忠信さん (TAIPEI Quarterly 2018 秋季号 Vol.13)

アンカーポイント

発表日:2018-09-12

1980

針と糸で美を描く玉鳳旗袍の二代目
陳忠信さん

 

呉靖雯

写真 林煒凱


TAIPEI 秋季号 2018 Vol.13 針と糸で美を描く玉鳳旗袍の二代目─ 陳忠信さん▲陳さんが作る手の込んだチャイナドレスは侯孝賢監督も高く評価。
 

大稲埕の問屋街「迪化街」にある台北霞海城隍廟。その向かい側の路地に足を踏み入れると、先ほどまでの喧騒とは打って変わった静寂が辺りを包みます。さらに数十メートルほど足を進めると、目立たない外観のお店が右手に見えてきます。こじんまりとしたこの建物の中でチャイナドレスの銘品が縫い上げられているとは思いも寄らないでしょう。このお店、チャイナドレス専門店「玉鳳旗袍」を切り盛りするのは二代目の陳忠信さんです。
 

まだ既製服がなかったころ、女性はお祝いなどここ一番の場にオーダーメイドのチャイナドレスを着て参加していました。裕福な家庭の女性ともなれば、青果市場に行くときさえチャイナドレスを身にまとっていました。チャイナドレスの仕立てでは、博愛路に上海式の「海派」職人たちが店を構えて官僚夫人を相手に商売を営み、華やかな夜の街として栄えた延平北路一帯は福建省の「福州派」職人の天下でした。大稲埕が廃れるにつれ、「酒家」(料亭)は次々に北投地区に移転していきます。陳忠信さんは当時まだ子供でしたが、家計を助けるために父親の仕立てを手伝ったり、仕上がったものをお客さんのところに届けたりし、生地の良し悪しからお客さんの身分を判断できるようになったそうです。

 

より美しい姿を描き出す縫製

しかし、1980年代に蒋経国政権が公娼制度を廃止したことで北投温泉街の景気が落ち込み、「玉鳳旗袍」の商売も大きなダメージを受けました。さらに、アパレル産業の発展に伴い人々の服装も変わり、チャイナドレスをあつらえる人も少なくなっていきます。陳忠信さんは服の直しを引き受けることで何とか家計を支えていました。
 

一度は家業に見切りをつけることも考えましたが、それでも陳さんは作業台とミシンの前に腰を据え、針、糸、印付け用のチャコ、定規を相棒にこの小さな店を守り抜きました。そんな陳さんのところへある日、侯孝賢監督の映画『海上花(フラワーズ・オブ・シャンハイ)』のアートディレクターを務める黄文英さんが、衣装の手配に訪ねてきました。これがきっかけで陳さんは映画、演劇業界との縁が生まれ、スケジュールに合わせ深夜まで作業することも日常茶飯事となりました。同じく侯監督の『刺客聶隠娘(黒衣の刺客)』が2015年に劇場公開されてからは、「玉鳳旗袍」の名が広く知られるようになり、ハリウッドのマーティン・スコセッシ監督の『沈黙サイレンス』の衣装も一部、陳さんが手掛けました。また、陳さんの評判を聞き付け、チャイナドレスを仕立ててほしいと多くの女性が詰めかけるようにもなりました。
 

女性のチャイナドレス作りは胸のライン、お腹、お尻周りの3点がポイントです。あらゆるスタイルの女性のためにチャイナドレスを仕立ててきた陳さんは「スタイルの欠点は隠せます」と誇らしげに笑います。現代人はパソコンや携帯電話の使い過ぎで身体が硬く姿勢もよくないため、立ち姿に悪影響を及ぼします。陳さんは名人芸でどんな難題も解決、裁断と縫い目、柄の位置を工夫し、チャイナドレスを着る女性の最も美しい姿を引き出します。「私が作るチャイナドレスは体型の弱点をすっかり隠します。体の要所にフィットしますから、申し分のないボディラインを演出できるのです」と語ります。


TAIPEI 秋季号 2018 Vol.13 針と糸で美を描く玉鳳旗袍の二代目─ 陳忠信さん▲陳さんにとって針と糸は美しいチャイナドレスだけでなく、人生を縫い上げるものでもあります。
 

時代の変化に柔軟に対応

陳さんは伝統的なチャイナドレスの製作にハイテクも活用しています。タブレット端末にこれまでの作品を保存、以前のお客さんがチャイナドレスを試着したときの写真を新しいお客さんに見せ、相手が望むデザイン、生地を決めていきます。それから個々の体型に合わせて柄の配置を調整し、縁どりの色などを選びます。時代の変化に柔軟に対応していく姿勢は手仕事にも反映されていて、経験を積んだからといって昔のやり方にこだわることはありません。陳さんは「今の女性はブラジャーが当たり前で、昔のように『肚兜』(腹掛け、中国の伝統的な下着)などを着けることはありません。ですから父の時代のやり方は改め、今のお客さんのニーズに合わせ試行錯誤してきました。弟子の質問を古い考え方でごまかしてはいけないのと同じ理屈です。時代の流れは変わっていますし、技術も向上しているのですから」と語ります。
 

昔はお客さんの紹介がないと商売は成り立ちませんでしたが、今はインターネットで自分を売り込める時代です。『刺客聶隠娘』が金馬賞を受賞しなかったら、本当に店をたたんでいたかもしれないと陳さんは語ります。「まだ無名だったころはお客さんになかなか信用してもらえず、難癖をつけられることもあり、辛抱強く説明しなければなりませんでした。金馬賞の受賞でようやく信用してもらえたみたいで、仕立てたチャイナドレスにサインしてほしいと言ってくれるお客さんもいます」金馬賞効果で制作プロダクションからの依頼も増えました。陳さんは「どんなに難しくてもチャレンジと思って引き受けています」と話します。
 

既に還暦を迎えた陳さん。自身の仕事を台湾の伝統劇「歌仔戯」になぞらえてこう語ります。「歌仔戯のベテランの役者はせりふ回しの緩急で役の個性を表現します。私も同じで、人生で得られたものがすべてここに詰まっています」

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