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伝統と現代を融合させる書道家徐永進 書道の枠を超えて (TAIPEI Quarterly 2019 秋季号 Vol.17)

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発表日:2019-09-18

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TAIPEI #17 (2019 秋季号)

伝統と現代を融合させる書道家徐永進 書道の枠を超えて

文=許凱森
編集=下山敬之
写真=林煒凱、徐永進


「書道とは型がなく変化のあるものであり、木々や石、山、水、草原、海、風、雨など自然の風景や人が作り出す一切が創作の源になります。イメージと文字は繋がっているのです」と徐永進(シューヨンジン)さんは自身の書道に対する解釈を述べます。TAIPEI 秋季号 2019 Vol.17--伝統と現代を融合させる書道家徐永進 書道の枠を超えて
ありのまま 芸術を楽しむ
今年68歳を迎える徐永進先生は台湾における現代書道芸術家ですが、若い頃は伝統書道を学んでいました。1990年以降に現代書道や現代水墨画に心酔するようになり、台湾の書画一体の新境地を開拓してきました。先生は新竹(シンジュー)教師専門学校に通われてい頃、17歳で初めて筆を持ちました。最初は独学でスタートし、そこから中国唐代の書家柳公権の作品が模写を行い、本格的に書道の先生から指導を受け始めると、一年後には達成感や面白さを感じるようになり、書道は自分一生の仕事のことを確認しました。

ある日本書道訪問団が台湾に訪れた際、「何年後かには台湾人が書道を学ぶなら日本に来るしかなくなる」という言葉を言いましたが、先生はこの言葉が納得できず、いずれ日本の舞台で自らの書道を披露するという目標を立てました。そこからは厳しい書道の練習に身を投じ、大量の紙や墨を買うお金がない時はレンガと水で濡らした筆を使って練習をしたそうです。授業後の10分休憩を利用することで一日80、90分の練習時間が確保できました。▲《遊心》と▼《千里之行始於足下》という作品は流れるような筆ばきよって伝統の書道の域を脱し、異なる次元の芸術へと昇華しました。(写真/徐永進提供)
この50年筆を手放さなかった徐永進先生ですが、書道の練習のしすぎは自信のなさの表れであると考えています。先生は初心者が人よりうまくなろうと時間を惜しまず練習するのは間違いで、芸術はインスピレーションなど自然の流れに沿って表現することで心から楽しめると気づかれました。

名作「TAIWAN」について
先生の文字と絵には「大衆に寄り添う」という理念が強く反映されていて、地域文化を思いやり、作品に組み込むことで、書道を現代芸術に昇華させています。

2001年に徐永進先生は「TAIWAN」の6文字を使い風景画を描きました。一文字一文字に深い意味が含まれたこの作品は、台湾の観光推進の象徴的な作品となりました。Tは野柳という北海岸にある女王頭(クイーンズヘッド)を表し、Aは台湾人が外国人を厚くもてなす姿を、Iは観光客が野柳の女王頭を眺める姿、Wは二人が手を取り喜びを分かち合いながら談笑する姿、AとNは祖母が孫を抱く親子三代の家庭の暖かさを表しています。
▲文字であり絵でもある「TAIWAN」の字は、台湾の独特な特徴と風情を表しています。

しかし、先生は2004年に脳卒中を患いました。右側全体が半身麻痺になると体も衰弱し、話す気力も失われました。それでも利き手ではない左手で毎日書道の練習を続けました。「以前は意識をせずとも体が勝手にバランスを取っていましたが、脳卒中になってからは意識をするようになりました。それは私が近年試みている現代と伝統のバランスを取ることと同じ様なことでした」と先生は話します。

2011年に台北現代美術館で開かれた《Beyond書道》の個展では、アクリル絵画の作品、立体の書道彫刻、デジタル技術と動画を組み合わせたデジタル書芸、さらに来場者と協力して作り上げるインタラクティブアート、舞台芸術の劇団である「優人神鼓」と共同制作した円形劇場「声動書芸」が披露されました。自由な発想で複数のメディアを組み合わせる表現方法や前衛的な試みによって、平面的に見るだけだった書道という芸術を空間的な体験へと導きました。

「昔は紙の上に文字を書いていましたが、今やクラウド上に文字を書くこともできます。文字に動きが加わることで新たな次元に至りました。限界を作り一つのやり方にこだわると、書道の道はただ狭くなってしまいます」と先生は話します。当時60歳だった徐永進先生は各分野の垣根を超えて創作することで、新たな境地を開きました。

奥様との出会い 自然と共に生きる
徐先生ご夫妻は士林(シーリン)区福林小学校の近くに住んでいます。この場所を選んだのには二人の馴れ初めが関係しています。およそ30年前、先生と奥様の鄭芳和(ヂェンファンハー)さんはそれぞれの知人と共に中国楽器の演奏会を行いました。〈十面埋伏〉という演目が演奏される頃、客席では先生が偶然会った奥様と書道と音楽のリズムについて話をしていました。奥様はその時の話に興味を持ち、それがきっかけでお付き合いが始まりました。

その後、先生は銘伝商業専門学校、奥様は文化大学で働くことになり、お互いの勤務先に近い士林区に引っ越しました。当時の士林は稲畑と蓮の池が多く、近場にあった故宮博物館と台北市立美術館が二人のデートスポットでした。二人とも自然に触れることが好きで、陽明山や外双渓、聖人滝が特にお気に入りだそうです。士林の近くには数十個の公園やサイクリングロードがあるので、自転車で川沿いの道を走ることが二人の楽しみです。また、先生にとっては士林官邸の菊を見る、山に登る、町中にあるガジュマルの木を見ることが作品の素材となっています。

無心の執筆 紙に宿る命
私たちが「台北熊讚Bravo(台北市のマスコットBravoと「台北最高」を掛けたダジャレ)」という言葉を書いて頂きたいとお願いすると、先生はこの非公式のお話をご快諾下さいました。そして一切手を抜くことなく何度も練習を重ねると筆を両手で持ち、紙が破れそうになるほど勢いよく筆を振るわれました。一画一画を確かめながら書くのではなく、無心で筆を走らせたそのご様子は先生ご自身が書いていたようで、「書道の神様」とも呼ぶべき存在が先生の手を取っていたようにも見えました。TAIPEI 秋季号 2019 Vol.17--伝統と現代を融合させる書道家徐永進 書道の枠を超えて▲徐永進先生が即興で書かれた作品「台北熊讚BRAVO」。その技術の高さはもちろん、作品一つ一つに注ぐ愛情を感じることができます。

論語の中に「職人は仕事を始める前に、まず道具を整えなければならない」と言葉がありますが、徐永進先生の場合は書道の道具にあまり執着をしません。先生が重視しているのは筆を執る人とその心だからです。先生のご自宅に飾られている宋代の僧、無門慧開(むもんえかい)の詩「春有百花秋有月,夏有涼風冬有雪;若無閒事掛心頭,便是人間好時節(つまらないことに思い煩うことがなければ、春夏秋冬いつでもいい時節であるという意味)」は正に先生のお考えを表現しています。

先生はかつて、書道は自分の初恋の相手であり、書道より楽しいことはないと話されました。その言葉通り、先生は今でも朝の座禅と運動を終えるとすぐに書道に向かう日々を送られています。それは素朴なようでいて、豊かで素晴らしい日々と言えます。

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