発表日:2020-06-12
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TAIPEI #20 (2020 夏季号)
父の願いを胸に
台湾影絵劇の伝統を守る 影子伝奇劇団
文/ Rick Charette
編集/ 下山敬之
写真 / Samil Kuo
台湾の伝統芸能に興味がある人は、「霹靂布袋戯」( ピーリーブーダイシー) という言葉を聞いたことがあると思います。布袋戯( ブーダイシー) とは台湾の伝統的な人形劇のことで、幻想的な戦闘シーンや美しい衣装を纏った登場人物、派手な照明や音響が特徴です。霹靂布袋戯はその中の一つで世界的にも高い人気を誇ります。
人形劇は布袋戯以外に、操り人形を使う傀儡戯と影絵を使う皮影戯があり、これらを総じて台湾三大伝統人形劇と呼びます。現在は娯楽の多様化によって伝統芸能は衰退の危機に瀕していますが、今回はそんな中で皮影戯という影絵の伝統を守るために活動している台湾北部唯一の皮影戯劇団「影子伝奇劇団( インズチュアンチーシートゥアン)」と、団長の蕭孟通( シャオモントン) さんを紹介していきます。▲影子伝奇劇団の蕭孟通団長(左) と弟の蕭乃誠(右) さんは父の後を継いで皮影戯を世界中に広めるための活動をしています。 (写真 / Samil Kuo)
影子伝奇劇団の始まりと使命
蕭孟通さんは兄弟の蕭乃誠( シャオナイチェン) さんとともに劇団を運営しています。「劇団は創立者である父の使命でした。父は幼少期に故郷の彰化( ジャンホァ) で見た皮影戯に心を奪われました。その後、台北へ移り住みましたが、台北には皮影戯の劇団がなく芝居を見る機会がほとんどないことに驚いたそうです。父は中年期から皮影戯を学ぶ決意をし、それから数年間は週末に高雄の師匠のもとへ行って勉強するという日々を過ごしました。」▲観客として見る皮影戯は非常にシンプルですが、その裏には何年も修行をした熟練
の操者の努力があります。(写真 / Samil Kuo)
独学で技術を習得したお父様は、影子伝奇劇団という自身の劇団を設立しました。「1990年代、父には2つの使命がありました。1つは、台湾全土で劇団が減少する中で、台湾にとって重要なこの伝統芸能を守っていくこと。もう1つは、台湾北部に皮影戯を広め、新しい観客を増やしていくことでした。しかし、父は10年前に引退したので、我々兄弟がその後を継ぎました。」それ以来2人は劇団を発展させ、香港やマカオ、さらにはスコットランドのエディンバラ・フェスティバル・フリンジなど、海外での公演も開催しました。
台湾皮影戯の過去と現在
「皮影戯は1,000年から2,000年ほど前に中国で生まれ、台湾では『潮州式』が一般的です。」潮州式は平坦で関節のある人形が使われ、直角に固定された短い棒を使って操作します。音楽は道教の道士が儀式で使うものと似ています。▲伝統的な皮影戯の人形は牛皮を使用していましたので、とても時間がかかります。(写真 / Samil Kuo)
「上演は基本的に5人で行います。まず、メインの操者が大部分の人形と声を担当します。それから助手がいて、残りの3人は音響なども担う演奏者です。影絵は透明な人形に強い光を当てることで生じる半透明な影をスクリーンに映しています。昔の人形は全て革製でしたが、製作に4〜5日かかるので現在はプラスチック製のものが主流です。」と蕭さんは教えてくれました。光とスクリーン、色鮮やかな人形を使い、影絵という2次元の物語を作り出すことが皮影戯の魅力です。▲伝統的な皮影戯の人形は牛皮を使用していましたので、とても時間がかかります。(写真 / Samil Kuo)
従来の演目は中国の歴史、神話、伝奇小説、その他の民話がもとになっていて、中国戯曲における役者の高度な動きや表現、身のこなしは中国の人形劇を模倣したものと言われています。つまり、人形劇の方が先にできたということです。▲影子伝奇劇団では製作時間短縮のために透明なプラスチックを使って皮影戲の人形を製作しています。(写真 / Samil Kuo)
皮影戯は漢民族が台湾へ移民した初期の頃に中国からもたらされたと言われています。「1660年代前半、鄭成功( ジェンチェンゴン) が台湾を占領していたオランダ人を一掃した際、駐留している兵士たちの娯楽目的として皮影戯の劇団が招かれました。」
「元々は規模の小さい舞台で上演されていましたが、人気が高まりだした1800年代に、本格的な劇場で上演されるようになりました。これは台湾初の映画と言ってもいいでしょう。しかし、1895年〜1945年の日本統治時代は苦難の時期でした。」この頃は、南部におよそ100 の劇団があり、特に現在の高雄( ガオション)・屏東( ピンドン) あたりに集中していました。「この時期の上演は日本語で行う必要がありましたが、中高年の観客には理解できず、観客は減っていったと言います。その後モノクロ映画、続いてカラー映画、テレビの時代が到来し、この数十年でメディアは爆発的な広がりを見せました。」と蕭さんは語ります。現在、高雄にある劇団は2つだけで、北部では影子伝奇劇団があるのみです。▲影子伝奇劇団では製作時間短縮のために透明なプラスチックを使って皮影戲の人形を製作しています。(写真 / Samil Kuo)
試練を乗り越える
蕭さんはさらにこう続けます。「最大の試練は、北部の人々に皮影戯に触れた経験がほとんどなく、若い人たちに至っては知識が全くなかったことです。そのため、地道に観客を増やさなければいけませんでした。父は新鮮な目で見てくれる若い層を固定ファンにすることが最善と考え、新しいモダンな要素を取り入れようとしました。」▲蕭団長は文化を伝えることの難しさを理解した上で、努力を重ねて皮影戯文化を次の世代へ残そうとしています。(写真 / Samil Kuo)
芝居を対話形式にして、キャラクターが観客と直接関わるようにするなどです。「登場人物を助けるかを子供たちに聞くことで、観客が物語の展開を左右できるようにしたのです。」さらに、演者が舞台の前に出て、人形と観客双方と対話する形式もあります。
「父は伝統的な中国古典だけでなく、若い人たちにも馴染みのある『赤ずきん』、『三匹の子豚』、『オオカミと七匹の子ヤギ』など西洋の物語をレパートリーに加えました。中国の昔話よりも展開が比較的単純で、悪人と善人がはっきり分かれています。」こうした物語は、若い人が物語を創作するきっかけになると蕭さんは話します。
また、観客の層を広げるために、従来の台湾語ではなく標準中国語での上演も行われています。「現在の若い世代は標準中国語で教育を受けているので、この方法は高い効果が得られます。」▲影子伝奇劇団では皮影戯文化を教育に取り入れるべく、学校で展示を行ったり学生が自ら芝居に参加できる活動を行っています。(写真 / Samil Kuo)
当初苦労したのは、人形製作から上演準備に必要な技能を習得してくれる団員の募集だったそうです。「最初は中高年の方々が、子供の頃に親しんでいたこともあり興味を持って集まりました。しかし、仕事やそれに付随する作業量が増えるにつれ、時間がとれなくなってしまう人がほとんどでした。」そこで蕭さんのお父様は若者の興味を惹いて、技術を学んでくれる人を募集することにしました。▲影子伝奇劇団では皮影戯文化を教育に取り入れるべく、学校で展示を行ったり学生が自ら芝居に参加できる活動を行っています。(写真 / Samil Kuo)
2006年、劇団は活動を支援してきた校長先生の誘いもあり、活動拠点を万華区の大理( ダーリー) 小学校に移しました。そして、かつて教室だった2つの部屋のうち1室はワークショップ、もう1つは劇場兼展示室へ生まれ変わりました。現在は生徒向けの上演も行われていますし、卒業生の中には皮影戯に強い興味を持ち、劇団に加入した人もいます。
家族で楽しく学ぶ場所
台北で皮影戯を学ぶなら大理小学校にある劇団本部に足を運んでほしいと蕭さんは言います。「土曜日のDIYグループセッションが人気です。所要時間は2時間半で、最大20名まで参加できます。私たちが教えるのは、皮影戯の背景と基本的な演技です。そのあとで、プラスチック製の人形を自作し、さらに簡単な演目を作って実際に上演します。」現地の旅行会社がツアーに組み込むことも多く、外国人旅行者もやってくるそうですが、参加には事前予約と言語が話せるガイドが必要です。
影絵芝居は他の場所でも鑑賞が可能で、特に10月から12月にかけて文山(ウェンシャン)区で開催される「文山芸術季」という芸術祭がおすすめです。影子伝奇劇団の演目では、実際の演者も登場します。また、この他にも「布袋戯に興味があるなら、大稲埕にある台原亜洲偶戯博物館(タイユェンヤージョウユーィーボーウーグァン)がおすすめです。この博物館は家族でのお出かけにも適していますし、2つの人形劇団が常駐しています。」と蕭さんは勧めます。この博物館に収蔵されている人形劇用の製作物は8000点を超えていて、人形劇関連の展示の他に布袋戯用人形製作、操者による実演、布袋戯の紹介、伝統的な人形劇の技能についての講座が週末に開催されています。▲影子伝奇劇団のDIYセッションは皮影戯の背景と人形を作ることを教えていて、とても人気があります。(写真 / Samil Kuo)
台北戯棚(タイペイ・アイ)は中国・台湾の伝統的な演劇を紹介する施設で、週に4回、夜に公演が行われています。上演されるのは、中国の戯曲、伝統芸能・曲芸、伝統音楽、先住民の舞踊、伝統音楽劇です。プログラムは6~8週間ごとに変わり、中国語、英語、日本語、韓国語の字幕も用意されています。他にも戯曲で使われる衣装や化粧の説明を受けたり、衣装の試着、役者との写真撮影、台湾布袋戯の展示などの体験活動も用意されています。
市街地にある台北偶戯館でも布袋戯、傀儡戯、皮影戯の3つの展示エリアがあり、実際に人形を操るといった体験ができる他、特別展示や、演劇の実演、参加型のゲーム、人形製作クラス(要予約)も行われています。
蕭さん兄弟はお父様の夢を叶えるために、皮影戯へ情熱を注ぎ続けていて、今後も数多くの国で公演をするなど向上心を忘れず、一歩ずつ前に進んでいくことで、衰退の危機にあるこの伝統文化の普及を目指しています。
-劇団情報 -
影子伝奇劇団
■Add: 万華区艋舺大道389号(大理国民小学内)
■Web: zh-tw.facebook.com/pecstory1989/
施設情報
台北戯棚(タイペイ・アイ)
■Add: 中山区中山北路二段113号
■Web: www.taipeieye.com
現在は新型コロナウイルス感染症対策のため閉館中。再開は2020年7月の予定。
台北偶戯館
■Add: 松山区市民大道五段99号2階
■Open: 10:00 ~ 17:00 (土曜、日曜)。新型コロナウイルス感染症対策のため6/15から10月中旬も休館。
■Web: www.pact.taipei
台原亜洲偶戯博物館
■台原亜洲偶戯博物館は移転のため現在休館中です。再開は 2021 年の予定です。
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