発表日:2022-09-22
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TAIPEI #29 (2022 秋季号)
漫画家が描く夢
文:Richard Williams 編集:下山敬之
写真:Samil Kuo、Taiwan Scene、Yenyi Lin
画像提供:LINE WEBTOON
台北北部の郊外に位置する北投は、火山から吹き上がる煙が立ち上り、硫黄の香りが漂っています。周囲を流れる川は地熱で暖かくなり、湖は一年中蒸気を発するなど神秘的な雰囲気を持っている場所です。加えて、陽明山国家公園の緑豊かな山々が背後に広がるこの地域は、台北の中でも非常に美しいスポットとして知られています。

▲北投にある関渡宮や温泉博物館などのスポットは、よく漫画の舞台として登場します。( 画像提供/LINE WEBTOON )
北投文化は歴史が長く、台湾の歴史と同じくらいといっても過言ではありません。実際に、北部台湾の原住民であるケタガラン族は、中国人やヨーロッパ人、日本人が植民地とするよりも遥かに昔から、この美しい土地に住んでいました。この地を魔女やシャーマンを意味する「キパタウ」と呼んでいました。温泉と硫黄の煙に包まれたこの地には、神秘的な魔法使いのような人々が住んでいると信じていたからです。
作品の原点
漫画家である簡士詰(ジェフリー・ジェン)氏は、強いスピリテュアリティと原初の美しい自然、そして豊かな文化と歴史を持つ北投で育ちました。簡氏のデビュー作《北投女巫》は、故郷の原住民にちなんだ名前が付けられています。この作品は地元の歴史や神話、21世紀の台北の生活を融合させたことで話題となり、簡氏は台湾漫画界の新しいリーダーとして確固たる地位を築きました。
▲簡氏は作品の執筆を通して、読者に台北の異なるストーリーを伝えたいと考えています。(写真/Samil Kuo)
簡氏が描くのは8人の魔女が現代の都会で生活をする様子です。都会にいる平凡な女性でありながら、どこかミステリアスな一面を持つキャラクターたち。「現代の日常的な風景と台北での生活を融合させました。現代の暮らしを描いている時が一番楽しいです。魔女たちはファッショナブルでとても人懐っこく、それぞれ独自の興味や個性を持っています」と簡氏は説明します。
▲簡氏はこれまでに出会ったパワフルな女性の特徴を参考に、個性的で魅力的なキャラクターを作り上げています。 (画像提供/LINE WEBTOON)
魔女たちは日々、店員やモデル、OLとして働きながら、自分たちの能力が世間にバレないように四苦八苦しています。北投女巫は、台湾最大の都市で複雑な歴史とアイデンティティを受け入れようとするストーリーとなっています。
地元の歴史に触れる
前述したように簡氏のデビュー作は、自身の故郷の歴史が根幹にありますが、その歴史は当たり前の日常の中に隠れています。「実際、身近な場所で歴史を知ることは難しいかもしれませんが、北投の歴史を知ってもらうために読者を引き付ける作品にしたいと思っています」と簡氏は述べています。
家族から学んだ地元の歴史が、作品の構想の一部となっているそうです。「母からはこの地にまつわる魔女の伝説を、祖母からは中国国民党が台湾を支配した時代に存在した白団という旧日本軍将校による軍事顧問団について教わりました」。簡氏はこうした台湾の歴史的な要素から、善や悪の力という漫画の世界観を形成しました。本作では、魔女たちが故郷を土地開発の手から救うために戦い、デベロッパー側は歴史ある白団から支援を受けているという構図になっています。「当時はまだ歴史を全て理解していたわけではありませんでしたが、漫画のストーリーに活用したいと思いました」と簡氏は言います。
身近なものからインスピレーション
作品の構想を考え、リサーチを始めた簡氏は、北投の歴史的な建造物を訪れました。2015年にはケタガラン文化館で開催された邱若龍(チョウ・ルオロン)の美術展を訪問。邱氏は映画『セデック・バレ』のアドバイザーを務めた人物で、同映画は当時の台湾では史上最高の製作費を費やした映画でした。この作品では、1930 年の台湾原住民と日本軍との壮絶な戦いが描かれています。簡氏は展覧会を通じて、ケタガランの女性シャーマンがどのように表現されたかを学びました。この他にも、多くの原住民の信念や伝統、そして描写を自身の作品に反映させています。
▲100年以上の歴史を持つ北投温泉博物館は重要な史跡であると同時に、この地域を代表するランドマークでもあります。 (写真/Taiwan Scene)
北投公園の真向かいに位置するケタガラン文化館は、漫画 《北投女巫》にも登場します。ストーリーの中心は火山の噴火口から一年中温泉が湧き出る地熱谷です。他にも七星山や日本の温泉施設だった北投温泉博物館など、北投の歴史的なランドマークが描かれています。これらは全て、主人公たちの冒険の背景を形成しています。しかし、読者の中には漫画に登場した建造物が実在することを知らない人もいたそうです。簡氏は、「舞台を北投にしたことで、ファンの人たちがその背景を知ろうと、自ら北投に足を運んでくれるようになりました。彼らからすると遊園地を歩くような気分が味わえるのだと思います」と述べています。
リアルの中からキャラクターの人物像を形成
北投という場所やその歴史は漫画のストーリーに適していましたが、読者を虜にしたのはパワフルで生き生きとしたキャラクターたちです。簡氏は、自身の人生に関わったパワフルな女性やクラスメイト、教師、同世代の人たちからインスピレーションを得たと言います。北投温泉博物館を見学した際の体験も、一部の描写に影響を与えています。
博物館の中は写真撮影が禁止されていますが、簡氏はどうにか写真を撮りたいと思いました。その際に簡氏は館内にいる中年のボランティアの女性が、インカムを使ってスパイのようにヒソヒソとやり取りをしている姿を目にします。「その時に、気の強いおばちゃんなど台北で見つけた興味深い人や些細なことを、作品に登場させればいいのだと気づきました」。
他にも台北でよくみられる元気なおばちゃんからも、インスピレーションを受けました。「その方は定年退職をした後に、とてもお洒落な生活を送るようになりました。一日中外に出かけるなど社交的になったのです」。彼にとって、それは堅苦しい年配の女性のイメージを覆すものでした。台北の女性は年齢に関係なく、豊かな私生活を送ることができます。また、伝統的な固定観念や期待に対し、プレッシャーを感じる必要もありません。

▲北投女巫のストーリーは魔女たち(上)と、男性のみで構成された魔女狩り組織(下)が戦う対比構造となっています。(画像提供/LINE WEBTOON)
しかし、作品の中では都会の人間関係や友情を起因とするストレスや緊張といった描写もあります。北投・天母地区は外国人居住者が多いことで知られていますが、留学生にとって転校はつきものであり、夏には多くのクラスメイトと離れ離れになります。こうした一面は、魔女たちが団結するシーンに大きな影響を与えたそうです。「魔女たちは付き合いこそ長いですが、親密な関係ではありません。これは、台北に住む多くの人々の関係性を反映しています」と簡氏は解説します。
ファンとして台北を歩く
簡氏は現在、《北投女巫》の第3シーズンを執筆中で、プレッシャーを感じると街を歩いてリラックスすることが多いそうです。「台北市立美術館は近代的な展覧会が好きな人が楽しめる場所です。史跡が好きな人であれば大稲埕がおすすめです」。前者は台北における現代美術の中心地であり、後者は台北に繁栄をもたらした貿易港です。これらの場所は簡氏がファンとして尊敬する五十嵐大介氏の 《ウムヴェルト》や《そらトびタマシイ》など多くの作品の舞台となっています。
▲歴史と文化的なストーリーが豊富な大稲埕は、多くの漫画家たちが台北に関する作品を描く際に舞台とする場所です。(写真/Yenyi Lin)
簡氏は作品を通して、絡み合っては解ける複雑な歴史や個人的な経験など、台北のリアルを伝えたいと考えています。特に台北を詳しく知るなら、実際に住んでみて、歴史的なスポットに足を運んでみることが一番です。簡氏は、「歴史的に重要な場所であるにも関わらず、石碑しか残っていない残念な場合もあります。そこで、台北で生活をする人たちがどう感じているのか、その気持ちを表現できたらと思っています。そうすることで、日帰りの観光旅行では体験できない台北の一面を知ることができるはずです」と述べています。
漫画家が描く夢
文:Richard Williams 編集:下山敬之
写真:Samil Kuo、Taiwan Scene、Yenyi Lin
画像提供:LINE WEBTOON
台北北部の郊外に位置する北投は、火山から吹き上がる煙が立ち上り、硫黄の香りが漂っています。周囲を流れる川は地熱で暖かくなり、湖は一年中蒸気を発するなど神秘的な雰囲気を持っている場所です。加えて、陽明山国家公園の緑豊かな山々が背後に広がるこの地域は、台北の中でも非常に美しいスポットとして知られています。
北投文化は歴史が長く、台湾の歴史と同じくらいといっても過言ではありません。実際に、北部台湾の原住民であるケタガラン族は、中国人やヨーロッパ人、日本人が植民地とするよりも遥かに昔から、この美しい土地に住んでいました。この地を魔女やシャーマンを意味する「キパタウ」と呼んでいました。温泉と硫黄の煙に包まれたこの地には、神秘的な魔法使いのような人々が住んでいると信じていたからです。
作品の原点
漫画家である簡士詰(ジェフリー・ジェン)氏は、強いスピリテュアリティと原初の美しい自然、そして豊かな文化と歴史を持つ北投で育ちました。簡氏のデビュー作《北投女巫》は、故郷の原住民にちなんだ名前が付けられています。この作品は地元の歴史や神話、21世紀の台北の生活を融合させたことで話題となり、簡氏は台湾漫画界の新しいリーダーとして確固たる地位を築きました。
簡氏が描くのは8人の魔女が現代の都会で生活をする様子です。都会にいる平凡な女性でありながら、どこかミステリアスな一面を持つキャラクターたち。「現代の日常的な風景と台北での生活を融合させました。現代の暮らしを描いている時が一番楽しいです。魔女たちはファッショナブルでとても人懐っこく、それぞれ独自の興味や個性を持っています」と簡氏は説明します。
魔女たちは日々、店員やモデル、OLとして働きながら、自分たちの能力が世間にバレないように四苦八苦しています。北投女巫は、台湾最大の都市で複雑な歴史とアイデンティティを受け入れようとするストーリーとなっています。
地元の歴史に触れる
前述したように簡氏のデビュー作は、自身の故郷の歴史が根幹にありますが、その歴史は当たり前の日常の中に隠れています。「実際、身近な場所で歴史を知ることは難しいかもしれませんが、北投の歴史を知ってもらうために読者を引き付ける作品にしたいと思っています」と簡氏は述べています。
家族から学んだ地元の歴史が、作品の構想の一部となっているそうです。「母からはこの地にまつわる魔女の伝説を、祖母からは中国国民党が台湾を支配した時代に存在した白団という旧日本軍将校による軍事顧問団について教わりました」。簡氏はこうした台湾の歴史的な要素から、善や悪の力という漫画の世界観を形成しました。本作では、魔女たちが故郷を土地開発の手から救うために戦い、デベロッパー側は歴史ある白団から支援を受けているという構図になっています。「当時はまだ歴史を全て理解していたわけではありませんでしたが、漫画のストーリーに活用したいと思いました」と簡氏は言います。
身近なものからインスピレーション
作品の構想を考え、リサーチを始めた簡氏は、北投の歴史的な建造物を訪れました。2015年にはケタガラン文化館で開催された邱若龍(チョウ・ルオロン)の美術展を訪問。邱氏は映画『セデック・バレ』のアドバイザーを務めた人物で、同映画は当時の台湾では史上最高の製作費を費やした映画でした。この作品では、1930 年の台湾原住民と日本軍との壮絶な戦いが描かれています。簡氏は展覧会を通じて、ケタガランの女性シャーマンがどのように表現されたかを学びました。この他にも、多くの原住民の信念や伝統、そして描写を自身の作品に反映させています。
北投公園の真向かいに位置するケタガラン文化館は、漫画 《北投女巫》にも登場します。ストーリーの中心は火山の噴火口から一年中温泉が湧き出る地熱谷です。他にも七星山や日本の温泉施設だった北投温泉博物館など、北投の歴史的なランドマークが描かれています。これらは全て、主人公たちの冒険の背景を形成しています。しかし、読者の中には漫画に登場した建造物が実在することを知らない人もいたそうです。簡氏は、「舞台を北投にしたことで、ファンの人たちがその背景を知ろうと、自ら北投に足を運んでくれるようになりました。彼らからすると遊園地を歩くような気分が味わえるのだと思います」と述べています。
リアルの中からキャラクターの人物像を形成
北投という場所やその歴史は漫画のストーリーに適していましたが、読者を虜にしたのはパワフルで生き生きとしたキャラクターたちです。簡氏は、自身の人生に関わったパワフルな女性やクラスメイト、教師、同世代の人たちからインスピレーションを得たと言います。北投温泉博物館を見学した際の体験も、一部の描写に影響を与えています。
博物館の中は写真撮影が禁止されていますが、簡氏はどうにか写真を撮りたいと思いました。その際に簡氏は館内にいる中年のボランティアの女性が、インカムを使ってスパイのようにヒソヒソとやり取りをしている姿を目にします。「その時に、気の強いおばちゃんなど台北で見つけた興味深い人や些細なことを、作品に登場させればいいのだと気づきました」。
他にも台北でよくみられる元気なおばちゃんからも、インスピレーションを受けました。「その方は定年退職をした後に、とてもお洒落な生活を送るようになりました。一日中外に出かけるなど社交的になったのです」。彼にとって、それは堅苦しい年配の女性のイメージを覆すものでした。台北の女性は年齢に関係なく、豊かな私生活を送ることができます。また、伝統的な固定観念や期待に対し、プレッシャーを感じる必要もありません。
しかし、作品の中では都会の人間関係や友情を起因とするストレスや緊張といった描写もあります。北投・天母地区は外国人居住者が多いことで知られていますが、留学生にとって転校はつきものであり、夏には多くのクラスメイトと離れ離れになります。こうした一面は、魔女たちが団結するシーンに大きな影響を与えたそうです。「魔女たちは付き合いこそ長いですが、親密な関係ではありません。これは、台北に住む多くの人々の関係性を反映しています」と簡氏は解説します。
ファンとして台北を歩く
簡氏は現在、《北投女巫》の第3シーズンを執筆中で、プレッシャーを感じると街を歩いてリラックスすることが多いそうです。「台北市立美術館は近代的な展覧会が好きな人が楽しめる場所です。史跡が好きな人であれば大稲埕がおすすめです」。前者は台北における現代美術の中心地であり、後者は台北に繁栄をもたらした貿易港です。これらの場所は簡氏がファンとして尊敬する五十嵐大介氏の 《ウムヴェルト》や《そらトびタマシイ》など多くの作品の舞台となっています。
簡氏は作品を通して、絡み合っては解ける複雑な歴史や個人的な経験など、台北のリアルを伝えたいと考えています。特に台北を詳しく知るなら、実際に住んでみて、歴史的なスポットに足を運んでみることが一番です。簡氏は、「歴史的に重要な場所であるにも関わらず、石碑しか残っていない残念な場合もあります。そこで、台北で生活をする人たちがどう感じているのか、その気持ちを表現できたらと思っています。そうすることで、日帰りの観光旅行では体験できない台北の一面を知ることができるはずです」と述べています。
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