TOP メインコンテンツセクションに行く

台北観光サイト

TAIPEI 2015冬季号 Vol.02—故郷のような味

アンカーポイント

発表日:2016-06-22

更新日:2019-09-10

1287

文 Beher 生活廚房

1_portrait_Credit to Laura Berman.jpg
▲1950 年代にオタワで育った労働法専門の弁護士ドゥグッドさんは、かつてアメリカ大陸の人々は、食といえばヨーロッパの宴席料理にしか興味がないと感じていた。ヨーロッパかぶれ(Europhilia)の風潮の中、ペンとカメラを持ち、世界各地の忘れられた伝統文化や家庭料理のために彼女は立ち上がる。法学部の学生だった頃から使い続けている金属製のフライ返しから、自分がなぜ手動の調理道具に惹かれるかを語る。また手でニンニクをつぶすことができたら、調理器具なんていらない。できる限り食べ物と人の温度を楽しんで感じるべきと彼女は語る。(写真/ Laura Berman)

これはどこの国のキッチンだと思いますか。炊飯器は見当たらず、あるのはクルディスタン( 注1)のフライパンやラオスのもち米用蒸籠。それぞれ形が異なる5 組のすり鉢とすりこぎ棒はインド、メキシコ、日本、インドネシア、タイのもの。セットの食器はありません。横一列に並んだ東南アジアの木や陶のお椀もばらばらです。これはキッチンの女主人が、毎日違うお皿に盛りつけることを楽しんでいるため。ここはカナダのトロントにあるナオミ・ドゥグッドさん(NaomiDuguid)の自宅で、これまで幾度となく賞に輝いたレシピ本 7 冊( 注2 )を作り上げた秘密基地でもあります。
世界にもっと関わっていきたいという思いから、ドゥグッドさんは弁護士を辞め、カメラマン兼ライターになりました。映像と執筆の仕事を楽しみつつ、ベリーダンスやアカペラでの歌唱を習う時間も大切にしています。「たぶん、どれも完璧にできるようにはならないと思うけど、幸いプロになる必要もないので。」と笑います。チベットやミャンマー、イランが世界に向けて扉を少し開いた時、ドゥグッドさんはすぐさま現地に赴き、多種多様な食文化に出会い、家庭料理の記録をとりました。世界の豊かさを賞賛し、食文化の国境を取り去ったのです。

2.0.jpg
2.1.jpg
▲アメリカ大陸のトウガラシやジャガイモ、トマト、ピーナッツ、トウモロコシなどが世界に広まる前から、ペルシャ文明と中華文明はすでに頻繁に交流があり、イランの小麦粉とアプリコットは中国に、中国の桑の葉も外に伝わっていた。クルディスタンは米が主食だが、その米食文化はイランとは異なる。ジョージアやアルメリア、アゼルバイジャンの自然環境は中国の貴州と似ているが、文字や言語体系は全く違い、3 ヶ国とも旧ソ連の国ではあるが、温かいおもてなしの精神を持ち、果樹園やチーズ園、ブドウ園が点在している。2016 年秋出版のドゥグッドさんのレシピ本『ペルシャの味』(注3 )では、こうしたあまり知られていないペルシャ文明の地での食の千夜一夜物語が語られる。(写真/ Naomi Duguid)
この30 年、ドゥグッドさんはあまり知られていない食べ物や地域について書いてきました。パミール高原やカラコルム山脈を自転車で走り抜けたり、一組の幼子たちと東南アジアで川下りしたりと、いつも好奇心の赴くままに行動しています。現在はタイとミャンマーの辺境へ行く食の旅のガイドをしたり、大学で食物史の講義もしています。物事の真相を突き止める記者ではなく、フレンドリーな旅行者として、立ち止まり、周囲の景色を観察しています。観光スポットや名物料理にとらわれることなく、気ままに異郷を巡り、料理に出会い、立ち止まれば、そこが彼女にとっての故郷になるのです。
レシピ本の中で、料理の味について、食材のみならずキッチンのにおいや彩り、音、そしてライフストーリーといった面からも書かれていますが、どうしてそのような方法で執筆しようと思ったのですか。
一番興味があるのは、普通の人たちが毎日どうやって、自分と家族のお腹をいっぱいにしているのかということです。この世のすべての人間は、それぞれ独立して生きている一方で、互いに依存し、民族、国家などを成しています。各々の環境で生きていくためにさまざまな工夫が生まれ、それが文化を形成しました。人々がどのように生活しているのかを知りたい、理解したいというのが私の出発点です。音楽や手工芸でも文化を知ることはできますが、時にはなかなか出会えないこともあります。その点、人は毎日食べなくてはならないので、食は非常に実際的ですし、形のあるものです。そこで食べ物を通して世界と関わっていくことにしたのです。例えば、メキシコの暮らしにはトルティーヤが欠かせません。以前、現地の女性に作り方を尋ねたとき、彼女たちはそんなことも知らないのかと驚き、絶対私に教えてやらなければならないと思ったようです。でも、私は気にならなかったし、むしろ教えてくれたことに感謝しました。おたがいがより完璧になるために助けたい、と思うが人間なのです。特に女性同士では。本に書かれているトルティーヤの話は、ここまで話さないと最後まで話したことになりませんよ。
素朴で平凡な普段の食事こそ忘れられないものですが、ドゥグッドさんの感情や記憶を最も呼び覚ます食べ物は何でしょうか。

3.1 .jpg

3.jpg
▲上:2009 年から、ドゥグッドさんはタイとミャンマーの辺境で、地元のお母さんにシャン族料理を習う旅をガイドしている。西洋人のメンバーをアジアの伝統的な市場に放り込み、食材を調達させる。事前に渡されるのは食材のリストだけでレシピはないので、メンバーは「手、眼、耳、心」を使って集中していなければならない。
下:滑らかな口当たりにするため、包丁2 本で食材を細かく刻んだり(タイ語で「laap」)、すり鉢で香辛料をすりつぶすのはタイ北部の料理ではよく見られる調理法。真剣に観察し、何度も練習すれば、体の記憶に深く刻み込まれる。(写真/Naomi Duguid)
ちょっと考えさせてください。たくさんあるので。一番古い記憶でいえば、母が焼いてくれたトーストにバターとマーマレードを塗ったものですね。少しの苦みがゆっくりと口に広がって、本当においしかった。あとはお米です。昨夜のご飯の残りでチャーハンを作ったり、炒めた青菜と炒り卵をごはんに載せれば、それだけで気持ちが和む「和み飯」(hearty food)なんですよ。朝ごはんに食べても落ち着きますし。嗅覚は私の「どこでもドア」みたいなもので、においが直接、記憶の奥深くに連れて行ってくれます。例えば、ネズの木が燃えるにおいをかぐと、細い煙が天に昇っていくように、魂だけが体を抜け出してチベットにいるように感じたり、香辛料を鍋に放り込んで匂いが広がってくると、バンコクにいるような気分にもなります。五感、特に嗅覚に注意を向けることができて、とてもラッキーだなと思っています。
お米にとても興味をもっておられ、ヨーロッパやアジアで米食文化を探す旅では、台湾にも来られました。台北の印象を教えていただけますか。

4_steaming dumplings_Credit to Naomi Duguid.jpg

▲食材や調理器具、調理方法、燃料。誰が調理し、どのように、誰と食べるのか。これらはその環境で暮らす知恵を示すもので、やがて食文化となる。あつあつのモンゴル蒸餃子がもうすぐ出来上がる。中身は羊肉に、モンゴルチーズと酸菜(酸っぱく漬けた白菜)を加えたもの。一方、チベットの蒸餃子(「饃饃(モモ)」とも呼ぶ)は主にヤクの肉を包む。1985 年中国を旅したドゥグッドさんは、弁護士を辞め、異郷の一般家庭のキッチンへ入っていった。新疆ウイグル自治区やモンゴル、雲南、貴州、チベットなどで、北京料理や上海料理とは違う中華料理を探求しているのだ。彼女はジェフリー・アルフォード(Jeffrey Alford)さんとの共著『もう一つの中国』(注4 )の中で、少数民族の食文化を描き出している。(写真/ Naomi Duguid)
21 年前に初めて台湾を訪れました。わずか4 日という短い間でしたが、バスで近郊のお茶園に行ったり、市内を散策したりしました。その頃は高層ビルも少なく、街もそれほど慌ただしくなくて、西洋人がたくさん中国語を学びに来ていましたね。街歩きがとても楽しく、廟に行ったり、食べ物の屋台のにおいを一軒一軒楽しんだりしました。濃厚な漢方のスープや、種類が豊富なお茶は特に気に入りました。トロントの冬には、台湾の隣人が作ってくれた牛肉スープを飲むと、当時出会った食べ物の記憶がはっきりと思い浮かびます。多様な中華料理を食べたいなら台湾しかないとおっしゃる方は多いですが、わたしもそう実感しています。
世界のキッチン食から見る天下
世界は巨大なキッチン、人と物事が交錯しさまざまな人生の味を生み出します。
日々の食事は些細なこと、でもそれは過去と未来の歴史、文化、社会の姿の真実の記録です。このコラムでは食 から世界を見、食に携わる人のすばらしい物語をご紹介。食をより多様で感動的にし、世界と台北の対話を目指します。
Beher 生活厨房は 2008 年に食と生活についての考えを洗練させるスペー スとして誕生。料理コースや食材生産 地ツアーなどの活動を通じ、食に関す る特色、アイディア、経験、体験をシェアし、食文化の全体像を表し美的教育を生活の中に取り込んでほしいと願っています。

5_Hsipaw candlelit morning market, vendors_Credit to Naomi Duguid.jpg
▲まだ夜が明けきらない早朝、燭光がミャンマーのシッポーの街を温める。人があふれる市場で、行き交う人は朝の祈りをする僧侶に暗黙のうちに道を譲る。ドゥグッドさんは1980 年代、初めて戒厳令下のミャンマーを訪れた。その後も訪問する度、この狭い門がこれ以上開くことはないと思っていたが、2010 年に半世紀近く続いていた軍事政権が終わって、ようやく人々には笑顔が見られ、心の扉も開かれてきた。メコン川を船で上流へと遡り、ビルマ族やシャン族、カチン族、カレン族、チン族などの多様な民族料理で出会ったすべての美味、すべての経験を凝縮したのがレシピ本『ミャンマー:馥郁の流れ』(注5 )である。(写真/ Naomi Duguid)
 
Naomi Duguid: naomiduguid._avors.me
食と旅して(Immerse Through Trip):http://www.immersethrough.com/


1 クルディスタン(Kurdistan):クルド人の土地という意味。トルコとイラク、イラン、アルメリアの4 国にまたがる山岳地帯の自治区。人口は台湾の1.5 倍で、面積は台湾の約10 倍。

2 近年出版された『Burma: Rivers of Flavor』では、これまでベールに包まれていたミャンマーの食を紹介し、国際料理門家協会の旅のレシピ本部門賞(IACP Cookbook Award)と、食のオスカーといわれるジェームス・ビアード賞(James Beard Awards)にノミネートされる。また、ジェフリー・アルフォード(Je_rey Alford)と6 冊の共著があり、うち4 冊はジェームス・ビアード賞を受賞した。2016 年の秋には、ペルシャの食文化に関するレシピ本『Taste of Persia: A Cook's Travels _rough Armenia, Azerbaijan, Georgia, Iran, and Kurdistan』を出版予定で、イランやクルディスタン、ジョージア(旧グルジア)、アルメニア、アゼルバイジャンの食について執筆している。
3 Taste of Persia: A Cook's Travels _rough Armenia, Azerbaijan, Georgia, Iran, and Kurdistan

4 Beyond the Great Wall: Recipes and Travels in the Other China

5 Burma: Rivers of Flavor
 

関連写真

Top