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忘れられた街の歳月を拾う-エッセイスト・栖来ひかり (TAIPEI Quarterly 2017 秋季号 Vol.09)

アンカーポイント

発表日:2017-09-14

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忘れられた街の歳月を拾う

エッセイスト・栖来ひかり

 _ 江欣盈   写真 _ 施純泰、栖来ひかり
 

台北は実はそれほど大きな街ではありません。時速35キロメートルで進むMRTに乗って、最も長い信義線で中心部から淡水まで行っても1時間かかりません。地図を広げると、MRTのブラウン、赤、緑、オレンジ、青の路線がまるで5匹の曲がりくねった大蛇のように走っています。毎日規則正しく地下を動き回り、大勢の乗客を呑み込んでは吐き出しています。台北人の日常風景は単調な繰り返しの中、家と職場の2点できっちり切り換わり、この街を訪れる旅行者の移動もともすれば決まりきったものになっています。しかし、栖来ひかりさんは著書『台湾、Y字路探し』で、台北を探索する全く新たな視点を紹介します。古い地図を手に街を歩き過去と現在が交わる時空に入れば、失なわれた時間が、台北は大きくないけれど深くて奥行きのある街なのだと教えてくれます。
TAIPEI 秋季号 2017 Vol.09 忘れられた街の歳月を拾う-エッセイスト・栖来ひかり 
 

曲がり角から飛び出す歴史

夏真っ盛りの8月、日本から台湾へ戻ったばかりの栖来さんと温州路にある書店兼カフェ「欒樹下書房」で会いました。彼女はスマートフォンのアプリ「台北歴史地図」 を見ながら、青田街、永康街、温州街一帯は日本統治時代に「昭和町」と呼ばれていたことを教えてくれました。日本統治時代、台北帝国大学(現在の台湾大学)の教職員宿舎があったこのエリアには、学術界のさまざな分野における一流の研究者が集まっていました。彼らは瓦屋根の下で書物を読み、書き、真剣に学問に向き合い、訪れる人々と語らい、ここから人と文化が集う息づかいが生まれました。長い月日が経ってもそれは失われることなく、現在も残された木造の日本家屋の数々から当時の生活をしのぶことができ、古い家屋はまるでその向こうに歴史をぼんやりとうかがい見る障子のようです。しかし、栖来さんが注目したのは、古びた外観の建築と比べて平凡で分かりにくい地図上のY字路でした。台湾では「三岔路」、「三角窗」と呼ばれています。

通常、Y字路は、用水路や鉄道、都市計画がその形成に関係しています。『台湾、Y字路探し』は、台湾全土45カ所のY字路とその周辺の道路や建築を紹介しています。清朝時代、日本統治時代から戦後を経て、台湾の道路は異なる文化の考え方と時代のニーズを受け継いできましたが、都市の再開発が歴史の痕跡を消し去ってしまいました。栖来さんは古地図、昔の写真、そして台湾と日本の歴史的資料と現在の様子を照らし合わせます。そして、彼女の目とペンを通じて過ぎ去った時間がフィルムの1コマ1コマのようによみがえり、再び動き出します。「Y字路のような小さな街角にこれほどたくさんの顔があるのは、本当に興味深いです」と彼女は言います。
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▲注:中央研究院デジタル文化センターが開発したアプリ。1895年から1974年に発行、撮影された地図と写真を収録しており、Googleマップやストリートビューと比較して台北の移り変わりを見ることができます。
 

日々旅する栖来さん

『台湾、Y字路探し』は、言うまでもなく文化と歴史について書かれた興味深い書籍です。かつて映画製作に携わった経験のある栖来さんの文章は視覚的で、手描きの地図と写真が本書に一層の温かさと厚みを加えています。角度を変えれば、本書はまた時空を探索する旅のガイドブックだとも言えるでしょう。大部分のガイドブックは食べ物や風景、ランドマークを紹介し、その地の魅力をアピールします。しかし栖来さんは「誰にもそれぞれの記憶と経験がありますから、同じ観光地へ行ったとしても考えることは違うはずです」と言います。彼女は数年かけて百を超えるY字路の情報を集める中で、それまで知らなかった数多くの台湾と日本の歴史を思いがけず発見することになりました。とくに故郷である山口県と台湾は深いつながりがあるそうです。「この本は台湾の物語であり、日本の物語でもあります。私は1人の日本人としてどんな記憶を持つのでしょうか。どうやって今の自分になったのでしょうか」。異国の街角で目にしたのは、意外にも故郷の面影でした。Y字路を探し、撮影し、絵を描き、文章を書く中で、栖来さんはだんだんと「日々旅にして旅を栖とす」ということを実感しました。毎日の生活はいつも初めてのことであり、旅は自分をあらためて知るプロセスなのです。

2006年、栖来さんは人生のY字路で台湾へと続く道を選びました。道沿いの風景は絶え間なく前へ向かって広がり続けています。その中には目の前に見えるにぎやかな車の往来だけでなく、過ぎ去った時代の水が滔々と流れ、そよ風が吹く用水路が持つ生命力のような過去のイメージも彼女のペンによって飛び出します。「今は毎日楽しく忙しいですよ」彼女は故郷の山口県のことを台湾の人々に知ってもらい、また台湾の四季折々の風習や手工芸、映画についてもっと書いていきたいと思っているそうです。わくわくと心躍る情熱は、未来のとある日に振り返ってもきっと変わらず輝いていることでしょう。

 

作家紹介

栖来ひかり、フリーのエッセイスト。京都市立芸術大学美術学部卒業後、2006年より台北在住。ブログ「台北物語~Taipei Story」のほか多くのコラムで独自の視点から台湾と日本の時事、歴史、芸術、工芸、映画など多様なテーマについて執筆。2017年に著書『台湾、Y字路探し』出版。

https://taipeimonogatari.blogspot.tw

栖来さんのおすすめ

鹹豆漿(豆乳スープ)

伝統的な中華スタイルの朝食は、栖来さんが大好きな台湾グルメです。その中でも鹹豆漿(豆乳スープ)は一番のお気に入り。お椀にザーサイ、切干大根、干しエビを少しと、醤油、ごま油、酢をお店独自の配分で入れたら濃厚な熱々の豆乳を注ぎ、最後に刻みネギと油條(中華揚げパン)をのせて出来上がり。栖来さんいわく、味が少し茶碗蒸しに似ているとのこと。
 

国立台湾大学人類学博物館

国立台湾大学構内にある同大学人類学部の博物館。日本統治時代の台北帝国大学「土俗人種学講座」標本室から受け継いだ収蔵品は、民俗学と考古学の2分野に大別されます。貴重な文化財や資料が見学できるだけでなく、広々とした美しい台大キャンパスも散歩にぴったりでおすすめです。

所在地:
台北市大安区羅斯福路四段1

開放時間:
月~土曜 10:0016:00(土曜は09:0017:00に拡大)
火曜日および国定休日は休館
栖来ひかり

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